《作曲》
「目覚めたらメロディー(Aメロ)が浮かんでいたが、自信が無くて皆にオリジナルかどうか確認して回った。」という逸話は1964年初頭のものと考えられる。マーティンが初めて聴いたのは1964年1月のパリのジョルジュ・サンク・ホテルで、当時の歌詞は"Scrambled eggs, oh, my baby, how I love your legs."と字数を合わせただけの適当な状態で、タイトルも‘Scrambled Eggs’と呼ばれていた。1965年5月のHELP!撮影期間中、常設されていたピアノでサビを創り、撮影終了後の休暇中に2週間掛けて歌詞を完成している。

弦楽四重奏のスコアもマーティンによるものだが、この時にポールはヴォイシングを学び、コードの構成音を各楽器に割り振る理論を習得している。この時点まではマーティンとビートルズは先生と生徒という関係であったが、この曲が関係逆転の兆しとなる(詳細は後述)。

なお、完全にポールのソロ作品であるにも関わらずクレジットに名を連ねるジョンには笑えない思い出もある。「(前略)『イエスタデイ』ではさんざん誉められたよ。("I have had so much accolade for ‘Yesterday.’ ")(中略)よくできてる。ビューティフルだろ?でも自分が書いていたら良かったと想ったことは1度もないね。("Well done. Beautiful? and I never wished I’d written it.")」と'80 PBインタビューで語っている。

《録音・構成》
完成した曲の弾き語りを聴いた各メンバーは演奏を加える事ができないと感じ、マーティンの提案で弦楽四重奏をバックにポールだけが弾き語りをすることになる。

ピアノでの作曲時のキーがGであったため、ギターに置き換える際にチューニングを1音下げることでキーをFにしている。ポールがこの説明をする様子は『アンソロジー』収録の第1テイク前に収められている。
なお、この第1テイクの時点では2番の歌詞の1行目と2行目が逆になっているのを確認できる。

第2テイク
トラック1ポールのアコースティック・ギター
トラック2ポールのボーカル
トラック3(空き)
トラック4(空き)


ポールのアコースティック・ギター奏法(その1/2)

ポールのフィンガー・ピッキングは時代とともに変化しているが、ここでは親指でベース音を出したあと、人差し指によるアップストロークでコードを鳴らすという方法で、1弦と2弦を中心にした和音になっている。

写真はAメロ2小節目とサビの頭で使われているF#m7である。エド・サリバン・ショーではポールがアコースティック・ギターを弾くのを観ることができるが、そこではこのフォームが使われている。一般のコードブックでは2弦を押さえないフォームが主流だと思うが、ポールの押さえ方の方がよりセブンスの音を響かせる事ができる(もっともWings以降は簡略化してF#mになっている)。



(参考:近年のF#m、三角は親指)


ポールのアコースティック・ギター奏法(その2/2)

ポールの演奏には必ず曲を特徴付けるワンポイント・フレーズが入っている。
この曲の場合はサビの"had to go I don't"の箇所がそれに当たる。


Emからスタートとしてメロディとベースラインを弾くというシンプルなものであるため逆に印象的である。

Emの中指と薬指が逆になるのはポールの特徴であるが、続くフレーズを薬指と小指だけで押さえるのも「ポールらしい弾き方」である。





3日後に弦楽四重奏のレコーディングが行われる。スコアがどの時点で作成されたか明確な証言は無いが、マーティンの単独作業ではなく、ポールも加わっている。チェロのパートにブルージーな音(7thの音)を入れたり、最後のAメロでバイオリンに高音のペダルポイントを演奏させたり、というアイデアはポールの提案によるもので、マーティンの専門分野ですら主従関係の変化の兆しが垣間見える。
また、サビはAメロの2小節目のコード進行Em7 - A7 (ギター演奏ではF#m7 - B7になっている)を展開する形式で始まるが、ストリングスのコードはA7sus4 - A7 に変えている。ポールのギター演奏は(未だに)これに合わせようという気配はなく、まるでマーティンとポールが意地の張り合いをしているかのようでもある。

また、この追加録音の際にポールはボーカルの録り直しをしている(作業の前後関係は不明)。ボーカルの追加録音の際、既録音の演奏はヘッドフォンではなくスピーカーでモニター再生しているため、マイクが拾ってダブル・トラックのようになっているとマーティンが証言している。

第2テイク
トラック3ポールのボーカル(65/6/17録音)
トラック4ストリングス


《ミキシング》
65/6/17に録音した2回目のボーカルで全体的には問題なく、エコーを付けてシングル・トラックでミキシングは行われている。ただし、1回目のサビの"something wrong now I long for yesterday"に於けるミキシング方針でバージョン違いが生じている。

ここは単にダブル・トラックにする事が目的ではなく、"some(thing)"の発音と"yesterday"の伸ばし方で2つのテイクを使う必要があったと推察される。
"some(thing)"は、ステレオ・バージョンでは"m"の発音が弱く、モノ・バージョンでは強調しているかのように強めになっている(補足音源1)。モノ・バージョンの特徴は『アンソロジー』に収録された第1テイクでも確認できる通り、当初の歌い方の特徴でもある。後日に録音したボーカルは柔らかく歌い過ぎたらしく、"some(thing)"だけを差し替えて以降をダブル・トラックとしている。

ステレオ・バージョンではここまで細かい作業をしないで単にダブル・トラックとしており、CD化のリミックスや『1+』のリミックスでも"some(thing)"は配慮されていない。CDバージョンはややシングル・トラック気味(補足音源2)、『1+』は同音量くらいのダブル・トラックとなっている(補足音源4)。

その他の相違として、モノ・バージョンはアコースティック・ギターの低音(特に6弦)が強めでボーカルにはエコーを掛けている、65年バージョンでは弦楽四重奏をセンター寄りにしておりボーカルにはディレイのようなエフェクトが掛かっている、CDバージョンでは弦楽四重奏を完全に左に定位させてボーカルには深いエコーを掛けている。

『1+』バージョンではボーカルのエコーが消えて控えめなディレイが掛かったようにしている一方、ギターやチェロのアタック音が削られている(補足音源3)。

補足音源1:0'52”のボーカル
左がモノ・バージョン、右が65年ステレオ・バージョン
サビの後半はダブル・トラックとなるが、最初の"some"だけはシングル・トラックで別テイクが使われている。右側(ステレオ側)は"m"の閉じ方が不十分だったのが差し替えのポイントだったらしく、左側(モノ側)は逆にしっかりと"m"を強調した発音になっている。
左側(モノ側)は最後にエコーが深いエコーが掛かっている。

補足音源2:0'52”のボーカル
左がCDバージョン(リマスター)、右が65年ステレオ・バージョン
左側(CD側)は"some"に関する修正は加えず、シングル・トラック気味となっている。

補足音源3:1'52”のギターとチェロ
左がCDバージョン(リマスター)、右が65年ステレオ・バージョン
左側(リマスター側)はギターやチェロのアタック部分が欠けている。

補足音源4:0'52”のボーカル
左が『1』バージョン、右が『1+』ステレオ・バージョン
右側(1+側)ではエコーが浅く、ボーカルは同音量でミックスされている。

【レコーディング・セッション履歴】
65/06/14ジョージ・マーティンノーマン・スミス
フィル・マクドナルド
Recording 第1〜2テイク、たぶん第2テイクがベストで弦楽四重奏をオーバーダブ、ポールはギターの弾き語りで録音したが弦楽四重奏のレコーディング時にボーカルを録り直している
クロニクルによると弦楽4重奏をオーバーダブしたのは6月17日
65/06/17ジョージ・マーティンノーマン・スミス
フィル・マクドナルド
Recording クロニクルによると2時〜4時に、第2テイクへのボーカル追加と弦楽四重奏のオーバーダブ
65/06/17ジョージ・マーティンノーマン・スミス
フィル・マクドナルド
Mono Mixing 第2テイクよりリミックス1と2、リミックス2を採用
65/06/18ジョージ・マーティンノーマン・スミス
フィル・マクドナルド
Stereo Mixing 第2テイクより