LET IT BE 2021

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目次
  1. ポリシー(楽しんでいる人の邪魔をするな)
  2. フィル・スペクターと言えば...
  3. CD1: NEW MIX OF ORIGINAL ALBUM
  4. CD2: GET BACK – APPLE SESSIONS
  5. CD3: GET BACK – REHEARSALS AND APPLE JAMS
  6. CD4: GET BACK LP – 1969 GLYN JOHNS MIX
  7. CD5: LET IT BE EP
  8. その他(ブックレット雑感)
なお、以下で評価に使っているのはEU盤です。

全体的にはフィル版と同じ音像を基本としてリミックスを行っているが、曲間のSEも同じものを使っており中途半端な模倣に終始している感じ。ベースを引っ込めてエレピを強調するなどビートルズらしさに欠ける印象もある。
かつて『YELLOW SUBMARINE SONGTRACK』では複数テープを同期させる技術に難点があったものの音質の変化に驚かされたが、ここでは完璧な同期とは裏腹に音質面や迫力面での目を引くものは無い。

♪CD1: NEW MIX OF ORIGINAL ALBUM

  1. ‘Two Of Us’
    冒頭のセリフは再構築したらしく、細分化("I | Dig A Pygmy" | by Charles | Hawtrey and the Deaf | Aids. | Phase one, in | which Doris gets her oats. |《clap》| )してタイミングを調整してある。
    本編ではジョン(右寄り)とポール(左寄り)のボーカルが明確に分かれているが、フィル版ではセンターに寄せてかつ左右が逆になっていた。加えて、フィル版ではヴァース部分のボーカルがギターに対して小さめになっていたが、ここではボーカルが前面に出ている
    なお、演奏は『LET IT BE... NAKED』のようにイントロのベースライン(テレキャスターの低音域)が補完あるいは補強されている。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪
    NAKEDとの違い

    NAKEDでは似たような音で補完したために全く別の演奏になっているが(特にイントロ3小節目)、New Mixでは可能な限り原音をピックアップして復元したようである。
    参考:♪2021 Mix vs. NAKED♪
    フィル版では6弦の音が欠けた印象になっており、映画でのジョージの弾き方も考慮すると以下のように弾いていたのが分かる(5弦の音に注意!)。

  2. ‘Dig A Pony’
    フィル版と比べると、ポールのハーモニーが小さくなっているものの迫力は増している。
    惜しまれるのは一番最後の"because"を差し替え忘れている点だけだろう。その直後のドラムスまでは差し替えているのに!
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  3. ‘Across The Universe’
    大前提として、フィル・スペクターはビートルズが最終版とした第8テイク(4トラック録音)を8トラックテープの3トラックにミックスダウンしてからオーケストラを追加している。今回はその第8テイク部分の内、混ざっていたボーカルとアコースティック・ギターを第7テイクの状態(分離された状態)に戻して作業しているはずである。
    第8テイクとしてボーカルとアコースティック・ギターをミックスする際にADTでフェイザー効果を加えていたが、今回のアコースティック・ギターはイントロのディレイ音が若干大きめになっている。また、ボーカルやマラカスに使われていたリピートエコーの雰囲気が異なっており、全く同じものを再現するのは困難だったようである。それでも終盤にボーカルだけをWトラック風に重ねている通り自由度が増している。
    その後、マラカスやタンブーラはフィル版より小さめになっている。同様に小さめではあるが、こちらはセンターに配されていた音をセンターから右にかけて広げたことにより音量を下げたと思われる。
    その後のオーケストラが主となる辺りでは、ジョージ・マーティンなら使わないであろう合唱パートを控えめにしている。代わりに使ったのが68年当時に録音していた女性コーラス("Nothing's gonna ~")である。明らかにフィル版の要素を抑えてジョージ・マーティン風にしたという印象になっている。
    ちなみに、フェイドアウト直前に"deva"まで聴こえているのは拘りポイントかも知れない。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪
    なお、"Pools of sorrow ~"の直前やエンディング("Jai guru deva ~")に編集跡があるが、これらはフィル・スペクターが複数ミックスを編集した事を示すものだろう。

  4. ‘I Me Mine’
    最初のヴァースからジャイルズはストリングスを大きめに、逆にアコースティック・ギターとドラムスは控えめにしている。
    同様にボーカルも大きめであるが、こちらはコンプレッサーでも通したような印象だ。フィル版を聴くとジョージは"I me mine"の"mine"にアクセントを置いて歌っているように感じるが、ジャイルズ版では抑揚はなく、特に♪0'18"(2回目)の"I me (mine)"は音量が大きくなっている。
    サビでボーカルと掛け合いになるリードギターはセンター左寄りに配置しただけでなくフィル版よりも音量が上がって、その効果を強調している。ドラムスが控えめになるのもヴァースよりサビが顕著である。
    全体的にバンド・サウンドは抑え気味でボーカル中心の大人しめのミックスになっている。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  5. ‘Dig It’
    わずかに早いポイントからフェードインしているのでギターが1フレーズ多く聴こえる、オルガンがやや控えめ、ステレオ録音したドラムスがセンターに寄せてある、といった些細な相違を挙げることはできるが基本的に同じ構成を再現しようとしているだけに聴こえる。
    フィル版で編集ポイントにしていた"Matt Busby"付近にズレが生じており厳密に一致させようとした訳では無さそうである。特に後から重ねた"That was ‘Can You Dig It’~"に至っては若干早めになっている。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  6. ‘Let It Be’
    ピアノはとてもクリアに始まる。フィル版で加えられていた控えめなリバーブより、ましてや父ジョージ・マーティンの加えていた派手な効果は付けていない。
    フィル版で印象的なハイハットのリピートエコーはやや強調されて煩い感じになっている。フィル版ではもう少し控えめで、もう少し長めに加えられていた。
    ベースも控えめで、サビのコーラス・パートはビリー・プレストンのオルガンの方を活かしている。ブラスもベースと同程度の控えめなバランスで前半を終え、間奏を告げるオルガン・パートは高音域が逆に強調されている(フィル・スペクターが抑えていただけかも知れない)。
    最終ヴァースに加えられていたセカンド・ドラムスはやや控えめになり、その後のサビではブラスに埋もれていたコーラス・パートが大きめになっている。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  7. ‘Maggie Mae’
    フィル版では左に配されていたジョンのボーカルをセンターに置いている。
    それに際してスネアとのバランスが悪くなったらしく、最初から最後までスネアの音色を変更している(フィル版とは一致しなくなっている)。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  8. ‘I've Got A Feeling’
    フィル・スペクターは3つのリミックスを編集して作成したと記録されているが、同期比較をする過程でこれが♪ジョンのパート直前(2'05")と♪エンディングのコード直前(3'25")であることが分かる。
    フィル版ではボーカル(ポール&ジョン)にディレイのようなエコーが掛かっているがここではクリーンになっている。一方、フィル版ではカットされていた♪ジョンとジョージの"oh yeah"(0'14")が、ここでは3人のユニゾンになっている。ポールだけでは続く"That's right."が意味不明(リハーサルでは度々間違えていた)になるだけにこれは必須だろう。
    演奏のバランスは全く異なっている。ビリー・プレストンのオルガンがフィーチャーされ、ジョンのギターも比較的に大きめだがポールのベースはかなり抑えられている。また、ジョージのギターにはADTのようなディレイ音が加わっていたが(スタッカートするフレーズを聴けば個別に聴いても判別できる)、ここではクリーン状態になっている。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  9. ‘One After 909’
    前曲から一転、ここではベースが前面に出ている。
    そしてビートルズにありがちな「ジョンとポールのどっちがリード・ボーカル論争」がこの曲にも存在することを示している。ヴァースを歌う2人の内、ジャイルズがメインにしたのはポールになっている(フィル版ではジョン)。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  10. ‘The Long And Winding Road’
    スネアのバランスが異なっている事から、ドラムスはゲットバック・セッション当時のステレオ録音に戻っているのが分かる。つまり、フィル・スペクターがオーケストラ録音のためにリダクションしたトラックはオリジナルの分離された状態に戻されていると推察できる。
    オープニングはピアノを大きめにしている。直後のオーケストラは控えめに入ってくる一方、フィル版ではほぼカットされていたジョージのアコースティック・ギターが充分に聴き取れるくらいの音量でミックスされている。
    フィル版ではスネアだけフェードインさせて(或いはオフ気味)シンバル類を活かしていたのが余り知られていないポイントであるが、ここでは最初からON状態で入っている。また、ベースは唯一目立っていた楽器だったが、ここでは逆に控えめになっている(ベースギターを弾かない人だと音を探せないかも???)。
    間奏に入るとフィル・スペクターはスネアを加えて展開を明確にしている。
    ジャイルズ版でオーケストラを抑え気味の状態は続いているが、サビの最後(1'41")で大きくなる女性コーラスがフィル版より大きくなっており続くヴァースの"still"を掻き消しそうなレベルになっている。
    ポールが拒絶したことで有名なエンディングのハープは逆に左右に広がって強調されている印象すらあるがこれは嫌がらせなのか???
    オーケストラ自体は抑え気味であるが最後のフェードアウト間際に女性コーラスが男性コーラスに移行する様はフィル版とは異なる違和感がある。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  11. ‘For You Blue’
    "Queen says ~"のセリフはタイミングこそ合っているが位相(数値のプラス・マイナス)が反転しているので別作業であることが確定できる。
    フィル・スペクターはモノラル時代の人だな、と感じさせるミックス。
    ジャイルズ版はキックの低音域を強調(あるいは補完)している。またピアノのエコー(ディレイ音)が大きめで最後まで同じ雰囲気になっているが、フィル版では間奏以降が小さめになり、後半ではほぼ聴こえなくなっている。
    ジョンのスライドギターが最も特徴的で、フィル版ではヴァースの最初だけ大きく(合図のように)扱っている。ジャイルズ版ではジョージのアコースティック・ギターをカットする内容まで真似ているのにスライドギターの扱いは凡庸である。いずれのミックスでも左に配しているので特に聴こえない訳ではないが、フィル・スペクターはモノラル・ミックスの如くポイントとなるタイミングで強弱を付けている。
    これは言い方を変えると、ジャイルズはステレオ音像を構築しただけで(それとてフィル・スペクターの微調整であるが)、フィル・スペクターはそこにオーケストラの指揮者のような要素を加えている。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪

  12. ‘Get Back’
    イントロとエンディングのSEは改めて付け直している。
    ‘I've Got A Feeling’と同傾向で、エレピは大きく、ベースは控えめにミックスされている。最も大きくフィーチャーされているのはジョージのギターで、所々でベースが掻き消されてしまう様はおそよビートルズ(ポール)らしくないバランスになっている。
    唯一、ギター・ソロとエレピ・ソロの間でジョンがハモリを加える箇所において、ジョンの声が大きくなっていたのをポールより小さくなるように補正しているのは誰もが共感する点だろう。
    参考:♪2021 Mix vs. 1970(Phil)♪


♪CD2: GET BACK – APPLE SESSIONS

‘Morning Camera (Speech – mono) / Two Of Us (Take 4)’~‘Can You Dig It?’の流れは映画『GET BACK』の1/24のサウンドトラックを意識したものと思われる。
NAGRA音源はブームマイク(写真は1/27のLet It Be時)での録音なので、ドラムスの直接音以外はPAの音を拾っていたはずである。
  1. ‘Morning Camera (Speech – mono) / Two Of Us (Take 4)’
    リンゴの"Good morning"から始まるがこれは1/22の挨拶(映画GET BACKに使われている)の抜粋を繋いだもので、Two Of Us (Take 4)自体は1/24の後半に近い演奏である(この日の最初からテイク番号が付いているのだろう)。ちなみに次曲Maggie Mae(Take 1)はTwo Of Us (Take 4)とは録音順が逆になっているが、実際のメドレー形式に準じて並べられている。
    ポールのボーカルとアコースティック・ギターが左、ジョンのボーカルとアコースティック・ギターが右、とスタジオ・レイアウトを意識したようなステレオ音像になっているため、"We're going home"だけジョンが上パートを歌っているのも分かり易い(これに関しては「ポールはジョンの声真似が上手い」という神話も生んでいた)。
    また、NAGRA音源では聴き辛かったキックやベースライン(テレキャスター)などの低音域が明瞭になっており、ミドルでパーカッションを使っていると思われた音が、実はジョンがアコースティック・ギターのボディを叩いていた音であるのが明確になっている。
    参考:♪Take 4 vs. NAGRA 1/24♪
    NAGRA音源(右)はポールのボーカルとアコースティック・ギターが中心であることから、カメラAはポールを狙って撮影していたらしき様子が窺える。映画GET BCAKではジョンがPAにドラムスが入っていることにクレームを出す場面(1/27)が映されているが、実際にスタジオ内ではドラムスの直接音はバッフル板で軽減されていたのだろう。
    また、遠いキックやジョンのアコースティック・ギターに比べるとジョンのボーカルは比較的大きい。この辺りは、ポール用のPAはジョンのボーカルがメインにミックスされていた証拠となるのではないだろうか。音量バランス順に並べると、
    1. ポールのボーカルとAギター
    2. ジョンのボーカル
    3. ジョンのAギター、ジョージのEギター
    4. ドラムス
    となる。
    なお、3'08"の"We're (on our way home.)"3'11"の"We're (on our way home.)"の直前でフィードバックが起こっていたのをNAGRA音源で確認できるが、ここでは削除されている。

  2. ‘Maggie Mae / Fancy My Chances With You (Mono)’
    レコーディング対象にはなってなかったらしく、NAGRA音源がそのまま使われている。
    その上、Two Of Usに続いてジョンが突然歌い出した最初のMaggie Maeであるため、ポールは歌詞が思い出せないままジョンに合わせてスキャットでハーモニーを付けている。LET IT BE NAKED(Fly On The Wall 17'00"~)では完全な状態を聴くことが出来るが、ここではそのスキャット部分(ミドルも含む)をカットしてヴァース1回分に短縮している。
    参考:♪このMaggie Mae vs. NAGRA 1/24♪
    カットした長さは36秒に及んでいる。最初のヴァースを1行だけ歌った後、アコースティック・ギターのストロークが丁度小節の区切りになる箇所でカットして、最終ヴァースの同じ位置に繋いでいるのを確認できる。
    Maggie Maeに続くFancy My Chances With Youが収録されているが、2回目の"(fancy me chances with) you"で生じていたフィードバック音が削除されている。
    参考:♪このFancy My~ vs. NAGRA 1/24♪
    フィードバック音が削除された小節の2拍目~3拍目のアコースティック・ギターも含めて差し替えられているのが確認できる。つまり、ノイズ除去ではなく部分差し替えの可能性が高い。
    このアコースティック・ギターがどこを切り出したものかは現時点では不明である。

  3. ‘Can You Dig It?’
    1/24に作られた(アドリブ演奏した)Dig Itは4拍子で、"Version 1"とも呼ばれている。その一番最後の演奏の後半2分弱(ジョンがラップスティールの音色を変更する辺り以降)が抜粋されたもので、演奏後にはジョンのセリフ"That was Can You Dig It? by George Wood. And now we'd like to do Hark, The angels Come."が付いている。これらは映画GET BACKに使われており、パティの登場で演奏が停止した場面も映し出されている。
    参考:♪このCan You Dig It vs. NAGRA 1/24♪
    同期を取るのはこのレベルが限界である。つまり、録音用マイクの音(左、PAに送る音でもある)とスタジオ内で聴こえる音(右、PAの出力音も含む)でドラムスが分散していて音像が一致しない。映画の中でジョンがモニターの愚痴をもらしていた状況がこれだったと思われる。
    NAGRA音源ではラップスティールとシンバルが大きくなっており、ジョンの付近ではシンバルだけが大きく直接聴こえていたようだ。また、エレピはほとんど聴こえていない。

  4. ‘I Don't Know Why I'm Moaning (Speech – mono)’
    1/25(映画GET BACKのPART-3 2゚34'25~)の苦悩するポールをジョンが励ますセリフを軸に映画でカットした箇所も含んでいる。

  5. ‘For You Blue (Take 4)’
    『THIRTY DAYS』には収録されていないので後回し。
    ジョンが間奏で"piano"と叫ぶのが第3テイクだと判明した。

  6. ‘Let It Be / Please Please Me / Let It Be (Take 10)’
    1/25のPlease Please Meに繋いであるLet It Be (Take 10)は、ブックレットには「1/26のLast Take」と書いてある。ただしこれは説明が端折ってあり、「まだ来ていなかったビリー・プレストンに代わってオルガンを弾いていたジョージ・マーティンにとっての最後のテイク」であり、この日の全Let It Beの中では最初の方の演奏である。
    1/26のLast Take

    ブックレットの記載通りであれば、テープボックスに記録されたテイク番号はマーティンがオルガンを代行したTake 10までであり、ビリー・プレストンに交替して以降は再びリハーサル状態(主に構成変更を行っている)に戻ったと解釈できる。
    翌1/27のジョージが「"Mother Mary"の曲は録音した?("Have we recorded the 'Mother Mary' one?")」と確認したのも完成状態が分からなくなっていたためだろう。

    なお、間に入っているジョンのセリフ"Come on, I only get two notes in this song."は1/25(映画GET BACKのPART-2 40'27"~)のものである。
    参考:♪Let It Be (Take 10) vs. NAGRA 1/26♪
    Dig Itとは対照的に同期を取るのは容易であるが、解釈が難しい。
    NAGRA音源(右)ではイントロだけドラムスが大きくなっているのはPAの出力音と思われ、この音群にはベース音も含まれている。ヴァースに入るとこの音が無くなるのはPAの音量を下げたためと解釈している。
    一方のTake 10(左)は全体的にベースがWトラック風になっているが、これはミキシングに際してバラついていたベースの音量を揃えるための補正の影響と思われる。


  7. ‘I've Got A Feeling (Take 10)’
    1/27の最初の方の演奏が収録されている。レコーディング開始時にはジョージのボーカル・マイクがオフになっていたようで、NAGRA音源で聴こえるハーモニーが入っていない。
    NAGRA音源ではジョンのギターが大きい割にボーカルは小さくなっている。ドラムスも比較的大きめであることから、ポールに近い位置の音を拾っていたと推察される。
    参考:♪Take 10 vs. NAGRA 1/27♪
    全体的にギターの低音やピッキング時の高音が左側(Take10のリミックス)で聴こえている。NAGRAⅢ自体の周波数特性(公称値30Hz~18KHz/15ips)は悪くないはずなので、当時録音したギターアンプの出力音をミキシング時に補正した結果なのではないだろうか?
  8. ‘Dig A Pony (Take 14)’
    Take14は1/28に比較的多く演奏した内の最後のテイクで、Take1はこの日の最初のものと思われる。
    参考:♪Take 14 vs. NAGRA 1/28♪
    これもまたギターの低音やピッキング時の高音が左側(Take14のリミックス)で聴こえている。
    特徴的なのはジョンのボーカルとベースのバランスで、NAGRA音源(右)ではジョンの音量が小さめ(特に"I -hi -hi")になっている。Take 14(左)のミキシング時にはこれを大きくしたものと思われる。
    逆にベースはTake 14では控えめにミキシングしたようだ。ビートルズ・ファンには馴染みの無いバランスに聴こえるが、レコーディング時(NAGRA音源)は普通にベースが大きめに聴こえている。

    ジョンの筆跡だと"dug a bony"と読めなくもないな。

  9. ‘Get Back (Take 19)’
    テイク19はシングル盤のリフレイン部として使われた1/28の演奏で(本編は1/27)、ポールはこのミキシングを急遽グリン・ジョンズに依頼している。ただし、それにも不安があったらしくジェフ・エメリックにもミキシング作業に同席してもらっている。
    参考:♪Take 19 vs. NAGRA 1/28♪
    NAGRA音源(右)ではエレピは小さめでベースは極端に大きめになっている。また、ジョンのボーカルはミドルのみであるが、音程を維持するためにはボーカルのモニター音は大きめである必要があったらしい。これがレコーディング時のPAの音だったと推察される。

    シングル盤のフェードアウト以降が映画LET IT BEのエンドロールに使われた他、アルバムGET BACK(Disc 4)のリプリーズとしてより長い演奏を収録している。
    参考:♪Take 19 vs. Get Back(Glyn Johns)♪
    参考:♪Take 19 vs. Get Back Reprise(Glyn Johns)♪
    リフレイン部の前半と後半が一致。ここでもTake 19 リミックスのベースの弱さが気になる。

  10. ‘Like Making An Album? (Speech)’
    ポールの発言は1/28(映画GET BACKのPART-3 47'00~)、以降は映画でカットした箇所も含んでいる。

  11. ‘One After 909 (Take 3)’
    1/29の最後の演奏であるが、この日は散発的に3回演奏していることから各々にテイク番号が付いていたと推察される。
    興味深いのは「この日の最後の演奏」が「ルーフトップ直前の演奏」を意味していながらリードギターにはその片鱗が全く感じられない点である(ギター・フレーズもさることながらレズリー・スピーカーを使っている)。ジョージは一晩かけて演奏を練り直しているのが分かる。
    参考:♪Take 3 vs. NAGRA 1/29♪
    NAGRA音源(右)では最初の2小節くらいベースが大きくなっている。イントロ部分でPAのバランスを調整していた証拠だろう。NAGRA音源では全体的にポールのボーカルが大きめでエレピが控えめになっていたため、Take 3 リミックスではエレピとジョンのボーカルがかなり印象的に聴こえている。
    その他、細かい相違ではTake 3 リミックスの"move over once"直後のドラムスは意図的に強調してあるようだ。
    また、NAGRA音源の最終ヴァース先頭にはテープ番号を示すナレーションが入っているが、その区間だけ演奏の音量が下がっている様子を確認できる。

  12. ‘Don't Let Me Down (First rooftop performance)’
    ルーフトップでの2回演奏された内の最初の演奏(映画にも使用されている)が収録されている。ジョージのボーカルは、ジョンのボーカル・トラックではなくポールのボーカルと一緒に録音されているため、コーラス部ではポールの声が消えてしまっている。
    参考:♪1st Rooftop vs. NAGRA 1/30♪
    マーク・ルイソン氏のレポートではルーフトップでのトラック割りは固定(ジョージのボーカルはジョンのボーカル・トラックに含まれている)とされていたが、この比較音源ではジョンとジョージのボーカルは分離できている。加えて、ジョージとポールのボーカルが一緒に音量変化するのを確認できる事から、曲に応じてジョージのボーカルは録音トラックが変更されていたのが分かる。
    その他、NAGRA音源(右)ではジョージのギターが大きく、逆にビリー・プレストンのエレピは小さめになっている。
    このバージョンが『NAKED』の主要部分となっているが、同期させてみると、一部が別テイク(ルーフトップの2番目の演奏)だったり、ギターやスネアが随所で補強されているのが解る。
    参考:♪1stRoofTop vs. NAKED♪

  13. ‘The Long And Winding Road (Take 19)’
    1/31に録音した映画用テイクの最終テイク(映画に使われた演奏)が収録されている。 このテイクはかつて『LET IT BE... NAKED』(2003年リミックス)にも収録された。しかしながら、冒頭の"the long and winding"はテイク15B、エンディングはテイク13Bに差し替えた編集バージョンになっていた。
    参考:♪Take 19 vs. NAGRA 1/31♪
    NAGRA音源(右)ではジョージのギターが大きく、Take 19リミックス(左)ではピアノが大きく扱われている。
    なお、NAGRAテープレコーダーの性能から来るものか、ミキシング時のエフェクト効果かは不明であるが、Take 19リミックスではベースの低音域が強調されている。
    映画GET BACKで端折られた経緯

    1/31はスタジオ・ライブの撮影が行われており、演奏した曲は映画撮影用テイク番号が付けられている。この番号は前日のルーフトップから継続しており、‘The Long And Winding Road’は‘Two Of Us’(Take 10~Take 12)に続くTake 13から採番されている。

    Take 13はヴァースに入って早々にスタッフの"one more"のコールで中断して(Take 13A)、引き続きTake 13Bが演奏されている。このテイクはかなりスローテンポになっているものの、ジョージがレズリー・スピーカーに通したテレキャスターでオルガンのような音を出し、ポールはミドルの2行目を"Anyway you always know"と歌う点などは最終テイクと同じである。更に2回目のミドルは間奏のスペースとなり、ビリーがオルガン・ソロ(ここではジョージのギターが大きいが)を弾いている。そして、エンディングでは相変わらずジョンがCmを弾き損ねている。

    次のTake 14は2番目のヴァースで中断し、Take 15Aもスタート直後の"that leads"で演奏のタイミングが合わずポールが中断させている。リンゴが4拍目裏にキックを入れたのがNGポイントで、「シンコペーションはしないでストレートに」とリクエストしている。シンコペーションの件は映画GET BACKのリハーサル風景でも登場するポールの拘りである。
    改めてTake 15BはTake 13Bよりテンポアップし、ミドルの歌詞は"Anyway you never know"に戻っている。ここでのジョンはエンディングのCmをキメている。

    Take 16A、Take 16Bとスタート直後でNGとなるが、仕切り直したTake 16Cでミドルが再び"Anyway you always know"となり、間奏はポールのスキャット付きとなっている。ジョンがエンディングのCmをミスする事も無くなったようである。
    ポールは何か満足できなかったらしく「もう一回演ろう!("Do it again!")続けてもいい?("Can we keep going?")」と確認してテイク番号のコールが無いままTake 16Dを演奏している。

    ここで集中が切れたらしく複数の失敗が続くだけで完奏することのないTake 17が続き、未完成のままTake 18がアナウンスされる。ここでの間奏はギターのアルペジオとポールのスキャットがメインになっていて、オルガンが余り目立たない。

    続くTake 19がようやくベストとなり、映画に使われる。


  14. ‘Wake Up Little Susie / I Me Mine (Take 11)’
    70/1/3に録音したベーシック・トラック(ドラムス、ベース、アコースティック・ギター)は全16テイクで、ここには第11テイクが収録されている(同期対象なし)。
    ‘Wake Up Little Susie’はテイクの合間の演奏で、他にも‘Peggy Sue Got Married’が演奏されている。
    ドラムスのステレオ録音とバウンス

    グリン・ジョンズがもたらした最も大きな功績は「ドラムスのステレオ録音」だろう。ゲットバック・セッションで行われたこのレコーディング方法は『ABBEY ROAD』の‘The End’でも受け継がれている。映画GET BACKではポールが広がったドラムス音像に感動している場面が映し出されているが、エンジニアとして引き継いだのはフィル・マクドナルドのようだ。
    ‘The End’のエンジニアであったフィル・マクドナルドは、70/1/3の‘I Me Mine’のレコーディングにもこの手法を採用している。ただし、この時はオーバーダブをするに先立ってバウンス(同一テイク内でのリダクション、いわゆるピンポン録音)されているためステレオ効果は活かされていない。
    その後、フィル・マクドナルドは『ジョンの魂』の録音で「ドラムスのステレオ録音」を全面的に採用している。

    第16テイクのテープ構成
    1. Track 1:Ringo's Drums ⇒
      Paul's electric piano
    2. Track 2:Ringo's Drums ⇒
      George's electric guitar, George's 2nd volcal("All through your life, I me mine")
    3. Track 3:Paul's bass
    4. Track 4:George's acoustic guitar
    5. Track 5:George's electric guitar, George's & Paul's acoustic guitars
    6. Track 6:Paul's Hammond organ
    7. Track 7:George's guide vocal ⇒
      George's lead vocal, Paul's harmony
    8. Track 8:Drums《combined track 1 & 2》



♪CD3: GET BACK – REHEARSALS AND APPLE JAMS

mono音源はNAGRAテープそのものであるため、同期比較は割愛する(‘I Me Mine (Rehearsal – mono)’で傾向は把握済み)。
※日付け後のカッコ内は映画GET BACKのPART番号と時間。
  1. ‘On The Day Shift Now (Speech – mono) / All Things Must Pass (Rehearsals – mono)’
    1/2(P1 12'10"~)、先に来ていたジョンとジョージが新曲を披露しあっている最中、次に来たリンゴと挨拶を交わす場面。続くジョージの"Hello, Hare Krishna."はその90秒後、"on the day shift now"は20分後(NAGARAテープ・ロール3の冒頭)"のセリフでいずれも映画ではカットされている。
    ?(映画のどこかにあった)ジョージのbandyを含む会話
    ?(〃)Revolution のリフのようなギター
    1/3(P1 38'00"~)のAll Things Must Passからジョンの歌詞訂正までの抜粋。

  2. ‘Concentrate On The Sound (mono)’
    1/8(P1 1゚27'25~)にジョンが歌ったアドリブ曲を軸に、その直前の会話を長めに収録している。

  3. ‘Gimme Some Truth (Rehearsal – mono)’
    1/3(P1 35'32"~37'00")のGimme Some Truth付近であるが、編集に若干の差がある。
    映画ではジョンが"I've got one.‘Gimme Some Truth’or something."と言って始まり、ポールに対して"Remember your hangman bit?(絞首刑執行人の歌を覚えてる?)"と確認している。作りかけのまま放置されたらしいのはコーラス部のようで、ポールが歌詞を思い出しながら歌い出している。その後、‘All Things Must Pass’に移ってジョンが"Is this a Harrisong?"と訊いている。
    一方、ここでは‘Across The Universe’演奏中に"Harrisongs, or should we do a‘Hypocrites’?"と言って始まる。ジョンは"I'm writing a bit.(少し書いた)"と言ってヴァースを歌っており、この時期にも追加したとも推察できる。
    ジョン自身はインドで書き始めたと語っており、それが映画でのポールの記憶と思われる。ゲットバック・セッションでも手が加えられたようであるが、『ジョンの魂』以降に「目に映るもの全て("all imagery")」、「詞もどきのもの("pretensions of poetry")」、「壮大な幻想("illusions of grandeur")」がそぎ落とされ、『IMAGINE』でレコーディングされた時にはほとんどの歌詞が書き換えられている。

  4. ‘I Me Mine (Rehearsal – mono)’
    1/8(P1 1゚21'45"~1゚25'30")のI Me Mine初披露の後、ある程度リハーサルが進んだ2回目(P1 1゚30'11"~1゚31'09")の完全版(?)。
    演奏部分は『THIRTY DAYS Disc3 13曲目』と過不足なく一致しており、極端なEQ操作やエフェクト効果も加えられていない。

  5. ‘She Came In Through The Bathroom Window (Rehearsal)’
    1/21(P2 1゚13'40"~1゚15'00")のジョンがエレピを弾いている付近の演奏で、映画では3声のハーモニー練習の風景が映されているがここではその後でジョンにクラシカルなスケール演奏(ここではDドリアン・スケール、要はレから始まる白鍵だけの音階)をリクエストしている場面が収録されている。これらの事から帰り間際のジョンとポールの会話では、「エレピでのコード演奏にスケール演奏を織り交ぜながらハーモニーを付けるのは無理だ。」というジョンの本意が隠されていた事になる。従って、ジョンがギター・リフにして欲しいと主張したのはハーモニー・パートではなく「クラシカルなスケール演奏」だったようだ。実際、1/29にルーフトップ編成で演奏した時には、ジョンはギターでアルペジオを弾いている。
    参考:♪SCITTBW(1/21 Rehearsal) vs. ANTHOLOGY 3♪
    なお、『ANTHOLOGY 3』収録バージョンの最初と最後だけが一致している。つまり、『ANTHOLOGY 3』に収録されたのは1/21に演奏された5回分からパート毎に寄せ集めて再構成したものと推察できる(これに関しての詳細な分析は止めておく)。

  6. ‘Polythene Pam (Rehearsal – mono)’
    1/24にジョージが昼ご飯をリクエストするセリフ(P2 2゚05'55")からPolythene Pam(P2 2゚08'28"~2゚09'09")とは別の演奏で、ポールがアコースティック・ギターでリードギターを弾いている。

  7. ‘Octopus's Garden (Rehearsal – mono)’
    1/26(P3 1'21"~4'10")の初披露でジョージがミドルを作る場面からジョンがドラムスで加わる直前まで、映画では未使用のパートも含む。

  8. ‘Oh! Darling (Jam)’
    『ANTHOLOGY 3』収録バージョンの修正付き(後述)ロング・バージョンになっている。『ANTHOLOGY 3』ではジョンがヨーコの離婚をテーマに歌ったところでフェードアウトしていたが、ここではそれ以降も1分くらい続いている。
    その場面は映画GET BACKにも映し出されており(Part3 30'20"~31'28")、1/27のビリー・プレストンがエレピを担当するようになった時の演奏であるのが分かる。なお、映画では2'55"以降が使われているが、冒頭の"I'll never do you no harm."は別のボーカル(あるいは演奏ごと差し替え)になっているのも分かる。
    ちなみに、1/16まではKey Bbでポールがピアノを担当していたが、ここではKey Aに変更しているためポールはベースを弾いている。1/31にLet It Beの合間に弾いた時はやはりKey Bbでのピアノ演奏となっていたことから、ポールは移調に直ぐには対応できなかったと思われる。
    参考:♪Jam vs. NAGRA 1/27♪
    NAGRA音源(右)ではベースが大きくエレピが控えめなのは他の曲と同様で、同期した音源に特徴的なステレオ音像となっている。同音源で確認できる通りカウントもないままダラダラとスタートしているため、最初の1分くらいがカットされている。その程度の演奏にも関わらず、なんとジョンのボーカル間違い("let you"⇒"do you")を差し替えている!
    また、ジョンがアドリブで"Baby's told the lawyer ‘It's OK.’"と歌う箇所(3'40"付近)では、ポールが中途半端に歌った"I'll never do"をオフにしてジョンの歌詞を際立たせている。

  9. ‘Get Back (Take 8)’
    1/23の演奏ではなく1/27(P3 35'28"~40'45")付近の演奏、つまりリメイク扱いで新たに採番されている。
    NAGRAテープと8トラックテープの対応状況が定かではないが、途中に演奏された‘Oh! Darling’を基準にすると、本テイクはその2つ前のTake 9、リリース版は3つ後のTake 13(ブックレットにはTake 11と記載)とも読み取れる。
    参考:♪Take 8 vs. NAGRA 1/27♪
    NAGRA音源(右)ではベースが大きいのを確認できるが、Take 8リミックスでベースが控えめな事も影響していると思われる。なお、最初のベース2音はPAによる歪みだろう。PAのスピーカーが上に向けられているのを映画GET BACKで確認できるが(ジョンの提案が採用されたらしい)、そこにはエレピが含まれてなかったらしく撮影用のマイクが拾う音(NAGRA音源)ではほとんどエレピを聴くことができない。

  10. ‘The Walk (Jam)’
    1/27の演奏で、映画GET BACKのPart-2 エンドロール(2゚47'45"~2゚48'35")に使われている。
    グリン・ジョンズが1月下旬に作成した試作版『GET BACK』にも収録されており、そのアセテート盤が4人に渡されている。この内、ジョンのものが69年9月に流出して(意図的かも?)直後にアメリカでラジオ放送され、海賊版『KUM BACK』として公知となっている。
    参考:♪Jam vs. NAGRA 1/27♪
    NAGRA音源(右)では2分弱の演奏となっているが、ここでは前半をカットした1分弱がピックアップされている。同音源のベースが大きくエレピが控えめな傾向は同様で、同期音源のステレオ音像も予想の範疇となっている。
    唯一、他のリミックスとは異なりボーカルのエコーが深めに掛かっているのを確認できる(エコー成分が左側のみで聴こえている)。

  11. ‘Without A Song (Jam) – Billy Preston with John and Ringo’
    1/28の演奏で、映画GET BACKのPart-2 エンドロール(2゚48'35"~2゚51'15")に使われているが、ここでは最初の40秒ほどをカットしている。

  12. ‘Something (Rehearsal – mono)’
    1/28(P3 47'24"~49'35")の場面でポールに歌詞のアドバイスを求めるセリフ以降(48'15"~)をピックアップしている。

  13. ‘Let It Be (Take 28)’
    Take 27の次の演奏(1/31の最後の演奏)で、テイク番号は付いて無かったが映画に採用されている。Take 27をレコード・リリースしているので、これをTake 28と定義したようである。
    ゲットバック・セッションでの本曲のアレンジの特徴はコーラス部でのジョンとジョージによる2声のハーモニー・パートで、ジョンが上側、ジョージが下側を担当している。ただし、最終コーラス部ではジョージがリードギターを弾くためジョンのみとなっている。ライブ演奏の限界とは言え、余りにも貧弱であるためレコード・リリース時にはポール、リンダ、ジョージによる差し替えが行われている。
    なお、最初のピアノ演奏は"Second clap."を言いたいがための意図的なミスである(後述の『映画GET BACKで端折られた経緯』参照)。
    参考:♪Take 28 vs. NAGRA 1/31♪
    NAGRA音源(右)ではジョンとジョージのハーモニーが大きいが、Take 28リミックスではかなりオフ気味で、代わりにオルガンがその役割を負っている。
    映画GET BACKで端折られた経緯

    1/31はスタジオ・ライブの撮影が行われている。演奏した曲は映画撮影用テイク番号が付けられており、‘Let It Be’は‘The Long And Winding Road’(Take 13~Take 19)に続くTake 20から採番されている。

    "Take 20"のコールでやや速いテンポの演奏が始まるも、最初のコーラス部で口笛が入ってきて中断している。その後、ジョンが間奏前の下降フレーズで間違えたのを切っ掛けにボロボロになったりもしているが、とりあえず最後まで演奏している。
    この時点では最終ヴァースには1番の歌詞を使っている。

    Take 21は、ギター・ソロ以外(常にアドリブ演奏となっている)は同じ感じで進んでいる。ポールは間奏後のコーラス部で"There will be ~"を歌い損ね、次のヴァースをふざけて歌いながら中断している。

    Take 22では間奏後のコーラス部で"Whisper words of ~"を歌い損ねたようだがそのまま続いている。本番の撮影中にも関わらず最終ヴァースは迷っていたらしく、ここでは"When I find myself in times of heartache, Brother Malcolm comes to me."となっている。原曲で歌われていた"Brother Malcolm"が遂に再登場した訳である。なお、それに対応して2行目の主語は"And in my hour of darkness, he is ~"に替わっている。

    ジョンが「間奏では笑うんだっけ?」と茶化したのに対してポールが"Yeah."と応えて、Take 23がスタートする。映画バージョン(テイク28)のソロと同じ入り方の間奏の後、最終ヴァースの歌詞はやはり"Brother Malcolm"だが、2行目の"hour"を"time"に替えている。
    演奏後にジョンが「どこかでベースを弾き損ねた。」と自白している。

    Take 24は集中が切れた感じで、各人のミスが目立っている。最初のコーラス部でジョージはコーラスに加わるのが遅れ、ジョンは最終ヴァースに入るのを間違えてコーラス部で弾くA音を出してしまいポールが笑い出してしまう。そのまま無理に続けようとするがジョンに"OK, OK"と制止されて中断している。
    なお、これが影響したのかポールが歌い出した最終ヴァースは"Brother Malcolm"を歌い損ねて1番の歌詞になっている。

    Take 24はNGのままTake 25となるが、機材トラブルが発生したらしく最初のコーラス部でハーモニー・パート以外の音が消えてしまって中断している。
    「何が起こったんだ?」という会話が途中からドイツ語になり、ジョンが英語混じりのドイツ語"eins zwei vier not drei"(全てを英訳すると"one two four not three")のカウントで再開し、最終ヴァースを"Brother Malcolm"に戻して(2行目は"hour")歌っている。
    ジョンはこのテイクに満足して、演奏後にベース音をスライドアップさせてから「ひとつ持って帰る。」と言い、有名な"OK, let's track it."の台詞を発している。

    ジョンの意見は通らずにTake 26となる。恐らくここで最終ヴァースの"Brother Malcolm"をNGにしたと思われる。
    最初の演奏はイントロ1小節目のGコードを演奏ミスして中断し、改めてスタートするもジョージがいい感じで弾いていたソロの最後の最後で躓いて音が切れてしまう。それをスルーして続けたがポールは最終ヴァースとした2番の歌詞が出てこなくて結局中断してしまう。

    遂にここで最終ヴァースを作詞しており、合間には‘Let It Be’の編成のまま全員が参加して‘Oh! Darling’を弾いている。
    "Take 27"のアナウンスで先ず1回目のカチンコ(映画撮影用のclapperboard)が鳴るも演奏は始まらない。続いてもう一度"Take 27"のアナウンスがあって再びカチンコが鳴り、撮影スタッフが「2番目のカチンコに同期して。("Sync the second clap.")」と指示を出している。
    ポールがこれに反応して"Sync the second clap, please."と復唱して演奏がスタートする。ただし、この場合の"second clap"は音楽的な意味「2拍目」を含んだWミーニング(つまりジョーク)である。

    この演奏はレコード・バージョン(の原形)となるもので、後に間奏が2回差し替えられるがここではその背後でうっすらと聴こえている演奏をしている。
    最終ヴァースは新たなものになっている反面、有名なピアノのミスもある。このテイクにポールはOKを出す事なく、演奏が終わるや否や"One more time."と言っている。更に撮影スタッフも"barely fail one more."と復唱している。

    当然次の演奏が始まるが、あろう事かテイク番号がアナウンスされる事なくポールは演奏を始める。つまりこの時点では「次が本当のTake 27であり、先ほどの(レコードに使われた演奏)はNGテイク扱い」であったのが分かる。

    ここでポールはご丁寧にわざとイントロをミスする。意図的であることはCコードからGにコード・チェンジしていない事から明らかである。そして敢えて「2番目のカチンコ("Second clap.")」と言って手拍子("clap")を1回打って茶化している。これが言いたかっただけである!

    ここからが映画に使われた演奏である(今回Take 28とされた)。
    正式なイントロを弾いている背後でジョンは"Second clap."発言に反応して笑っているが、当然映画では笑い声はカットされた。Take 28リミックスではハーモニー・パートをオフ気味にしたため、笑い声も同様に小さめのミックスとなっている。

    なお、ポールはふざけているだけでなく最終ヴァースの歌詞を"tomorrow"と韻を踏めるように"There will be no sorrow."と変えている。
    演奏後には出来栄えに満足して嬉しかったらしく、"Oh, yes"と言っている。




♪CD4: GET BACK LP – 1969 GLYN JOHNS MIX

やはり真っ先に気になるのは今まで散々聴いてきたブートレグとは何だったのか?
資料にはアーカイブされていたステレオ・テープをリマスターしたと記されているので、今まで比較基準としてきた“THIRTY DAYS”のDISC 17と比べてみましたが、左右反転している上にオープニングの会話は♪こんな感じ♪で始まっており、"All cameras four"(映画のテイク番号)より前が差し替えられたもののようです。
ということで左右反転していないものを使って比較しようと思います。

(仮説)を考慮した総括
アップルに保管されている最終形態が今回のリリース内容と思われる。 つまり、公知となっていた『GET BACK』アルバムとは3曲が別バージョンという事である。
この内の♪‘For You Blue’に関しては70/1/8の作業記録が残っている。 残る♪‘Dig A Pony’と♪‘I've Got A Feeling’は出所不明でブックレットでも触れていないという謎が残っており、
  1. 69年12月に入れ替えた可能性
  2. 69年5月時点の納品時にはこの内容だった可能性
    この場合、アセテート盤が流出してラジオ放送された時に別バージョンが使われていたという事になる。
が考えられる。

また、♪‘Across The Universe (unreleased Glyn Johns 1970 mix)’と♪‘I Me Mine (unreleased Glyn Johns 1970 mix)’に関しては試作ミックスがアセテート盤の形で届けられただけで、♪‘For You Blue’のような差し替えは行われていないと推察される。この2曲は、今回比較対象とした『GET BACK』(Electrola盤)で見られるようなワウフラッターが確認できることから大元がレコード音源である可能性が高い。
グリン・ジョンズは『GET BACK』改訂版を完成させてはおらず、2曲の試作ミックスにアレン・クラインがNGを出してフィル・スペクターを呼び、ついでに♪‘The Long And Winding Road’にもオーケストラを追加させたという流れの方が無理がない。
70年1月下旬の‘Instant Karma’プロデュースはその試金石だったのだろう。

  1. ‘One After 909’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
    ※せっかくなのでフィル版との聴き比べ音源を用意しました。フィル版ではドラムスのリバーブが深めなのと、ポールのコーラスが一か所オフになっています。
    ♪GET BACK vs. LET IT BE♪

  2. ‘I'm Ready (aka Rocker) / Save The Last Dance For Me / Don't Let Me Down’
    I'm Readyの原曲はFats Domino。
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
  3. ‘Don't Let Me Down’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
  4. ‘Dig A Pony’
    これは改訂版『GET BACK』用の70年ミックスなんだけど???
    再ミキシングをしたという認識はないらしい。大丈夫か、アップル!

    ♪ここではエレピがセンター♪なのに対して、69/5月版は♪エレピが左♪になっている。演奏中では、リフ部分でギターとベースがリフを弾き、エレピだけがコード弾きになる箇所が分かり易い。
    ただし、改訂版『GET BACK』での再ミキシングの主目的はジョンのボーカルだろう。♪69/5月版♪はボーカルの音量が不安定で、ジョンの音量が下がってポールの声が目立つ箇所が所々出てくる。♪ここでは♪ジョンの声が演奏より前面に出るように修正されている。
  5. ‘I've Got A Feeling’
    これも70年ミックスが収録されている。ボーカルのエコー(リバーブ)を深くしたのが主目的と思われるが、これを聴き分けるのはある程度精通した人に限られる。
    ただし、ジョンズは69年版の記憶が薄れていたらしく1箇所だけミキシング・ミスがあるので特徴として判断しやすい。♪69/5月版♪はドラムスが入る時に、1拍目のキックのタイミングでジョンのギターをオフにしているのだが、♪ここでは♪キックとギターが重なっている。

    演奏後に♪リンゴがグリン・ジョンズに話しかける場面♪は何気にチェック・ポイントである。シングル♪‘Get Back’♪はプロデューサのクレジット表記が無く、ジョンズはそれを残念に思っていた。本アルバムを受けるに当たって無償でもいいからクレジットに名前を入れて欲しいと要求したほどであるが、ジョンはそれが生涯(1980年のラスト・インタビュー時点でも)理解できなかった。
    恐らくジョンズはビートルズの仕事に関わった証として自身の名前をアルバムに入れてしまおうと目論んだのだろう。それも‘Get Back’の直前に!
    ※:今回はこの直前が0.4秒長くなっている。
  6. ‘Get Back’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
    アメリカ盤シングルと同じバージョンで、69年版と70年版の相違は無し。これがグリン・ジョンズの証言「自分のミックスがリリースされた("At least my version of the single of “Get Back”/“ Don’t Let Me Down” had been released in April 1969.")」の決定的証拠となります。

    ※:「同じ」を確定できるのが同期再生による調査のメリット。ミキシング時に追加されるエコーはアナログ処理なので毎回全く同じものを付加するのは不可能であり、それが一致していると証明できれば同じ音源と断定できる訳です。
    ここでは、右チャンネルだけでも同じ、左チャンネルだけでも同じなので、ミキシングは同じでテープコピーをしただけと言える訳です。
  7. ‘For You Blue’
    なんとこれも70年版ミックス。
    グリン・ジョンズは69/12/21にオリンピック・サウンド・スタジオで2時間の編集作業をしている。♪‘Dig A Pony’と♪‘I've Got A Feeling’の再ミキシングがその日に行われていたならギリギリ69年版と言い張れるが、本曲はジョージがボーカルを入れ替えた後のミキシング(つまり70/1/8)が記録されているのでどう足掻いても70年版となる。この時点で『GET BACK』が1969年版でないことが確定してしまう。

    ※せっかくなのでフィル版との聴き比べ音源を用意しました。ジョージが何故怒らなかったのか不思議???
    ♪GET BACK(2nd) vs. LET IT BE♪

  8. ‘Teddy Boy’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
    ただし、リマスターとしてノイズ除去(♪"be"のタイミングでマイクを吹く音♪♪ハウリング♪)が施されている。
  9. ‘Two Of Us’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
    比較対象としたブート音源には途中に♪右の音量が下がる箇所♪があるが、オリジナルテープでは明瞭に聴こえている。この音を手掛かりにすればブートレグの世代チェックに使えるのかも知れない。
  10. ‘Maggie Mae’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
  11. ‘Dig It’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
    フェードインするスピードが同じなので全てのミックスはコピー元が同じと推察される。
    ※せっかくなのでフィル版との聴き比べ音源を用意しました。フィル版は1'30"くらいから始まり、ポールのカウンター・ボーカル全カットで、"(Matt) Busby"を編集ポイントにして以降に"That was ‘Can You Dig It’~"を重ねています。
    ♪GET BACK vs. LET IT BE♪

  12. ‘Let It Be’
    ‘For You Blue(2nd)’と同じ70/1/8に再ミキシングをしたとレポートされているが、やはり69年版と(70年版は)同じミックスになっている。グリン・ジョンズは70/1/4の録音分を試したかも知れないが採用しなかったことになる。
    ※せっかくなのでフィル版との聴き比べ音源を用意しました。グリン・ジョンズ版はボーカルのリバーブが深めでピアノも大きめになっています。追加したエレピやセカンド・ドラムス(右に入っているドラムス)は分離された状態で聴くことができます(デミックスとは一味違う本当の分離です)。
    ♪GET BACK vs. LET IT BE♪

    なお、演奏後の会話は新たに編集したものらしく、20ミリ秒ほど曲間が延びている。

  13. ‘The Long And Winding Road’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
    ※せっかくなのでフィル版との聴き比べ音源を用意しました。
    この同期音源ミックスならピアノも完璧なのでポールも満足するはず。セカンド・ドラムス(右に入っているドラムス)が何かも良く分かります。
    ♪GET BACK vs. LET IT BE♪

    これにより今まで仮確定だった"lead me to your door"のズレが、『ANTHOLOGY 3』固有のものであると公式音源のみで確定しました。

  14. ‘Get Back (Reprise)’
    ここでは69年版と(70年版は)同じミックスを使っている。
    フェードインとフェイドアウトのタイミングも同じ。


♪CD5: LET IT BE EP

  1. ‘Across The Universe (unreleased Glyn Johns 1970 mix)’
    これは厄介な音源。
    いわゆるジョン・バレット音源(GET BACK 2nd)と全く同じ内容。
    ただし、PAST MASTERSのWWFバージョンやLET IT BEのフィル版と比べるとワウフラッターを感じる。
    つまり、オリジナル音源(ジョン・バレット音源のコピー元?)自体がアセテート盤なのかも知れない。これ以上はブートに詳しいマニアに譲るしかないが。

    参考:♪WWF vs. LET IT BE♪はワウフラッターが無い。

  2. ‘I Me Mine (unreleased Glyn Johns 1970 mix)’
    これも同様な音源。
    ジョン・バレット音源(GET BACK 2nd)と全く同じ内容だが、それにヒスノイズが乗っている。
    そしてLET IT BEのフィル版と比べるとワウフラッターを感じるのも同じ。
    ジョン・バレット音源は低音域を補強した形跡もあるので、オリジナル音源(これも自体もアセテート盤?)にノイズ除去を施したものがリリースされたのだろう。
    参考:♪GET BACK vs. ジョン・バレット♪

    (仮説)
    この2曲はアセテート盤をテープコピーした形で残っているのかも知れない。グリン・ジョンズがオリンピック・サウンド・スタジオで行った作業は詳細が不明であるが、『GET BACK』改訂版としてアルバム・マスターを完成させたのではなく試作ミックスをアセテート盤として納品したのではないだろうか???

  3. ‘Don't Let Me Down (new mix of original single version)’
    トラック割りと共に、ポールのボーカルトラックの差し替え(既報の通りジョンとポール)に触れている。ここでは"possibly"付きで2月の作業と見なされているが、やはりオリンピック・サウンド・スタジオでの作業は今となっては詳細を確定できないらしい。
    なお、NAGRA音源の様子からジョージも歌っていることは確認できているが、ここではポールのみの録音となっていたようにも読める。
    参考:♪シングル vs. ボーカル追加前(69/1/28)♪

    全体的にベースが抑え気味でポールのコーラスも小さめになっている。
    そして近年のミックスにしては珍しくブレス前の♪舌打ち音(2'16")が残されている。
  4. ‘Let It Be (new mix of original single version)’
    2015年の『1+』用ミックスをリマスター、あるいはパラメタ調整による再ミキシングが行われている。デジタル・ミキシングなのでエコーやリバーブも全く同じになっており、リマスターかリミックスかを特定することはできない。
    以下で確認できる通り、『1+』バージョンのクリック音など雑音成分が除去された他、低音が微かに強調されている。
    参考:♪Disc5 vs. 1+♪(左チャンネルのみ)


その他(ブックレット雑感)

ジョージ脱退には様々な憶測があったけど、本人の日記に勝るものは無い。
それによると翌日の朝、ジョンとヨーコがやって来て一緒に朝食を食べて気を紛らわせてくれたらしい。
"Got up - John and Yoko came and diverted me at Breakfast"
グリン・ジョンズのトラック割りが明確になっている。
一番上は1/23の‘Get Back’、次は1/24の‘Two Of Us’(ビリーは不在)、次は1/26の‘Dig It’、最後が1/31の‘Let It Be’となっており、まとめると次のようになる。
  1. Trk1:ポールのボーカル・マイク
  2. Trk2:ジョンのボーカル・マイク
  3. Trk3:オルガンまたはエレピ
  4. Trk4:ベース
  5. Trk5:ドラムス(L)
  6. Trk6:ドラムス(R)
  7. Trk7:メイン・ギター
  8. Trk8:セカンド・ギターまたはピアノ
ちなみに、スタジオ・レイアウトにトラック番号を記載してみると興味深い結果となる。
演奏者ではなく楽器毎に固定化されており、たとえばベースは誰が演奏しようとトラック4に録音されているのが分かる。
この内、ステレオ録音していたドラムスは1/30と1/31だけは映像用の同期信号をトラック5に録音するためにトラック6のみとなっている。逆に言えば1/29までは純粋にレコーディング・セッションをしていたと推察される。
最下段の‘Let It Be’において、ジョンのボーカルとベースが記載されていないのは何を意味するのだろう???
グリン・ジョンズは1月のゲットバック・セッション終盤に自分のアイデアを示すためにアセテート盤を制作して4人に渡したと回想している。
‘Dig A Pony’と♪‘I've Got A Feeling’の再ミキシングに関する謎はこの辺りに関係する可能性も考えられる。つまり、♪‘I'm Ready (aka Rocker)’から♪‘I've Got A Feeling’までの流れは1月時点で作成していたもので、「5月のアルバム編纂時にはそれを転用したが、EMIへの納品分は再ミキシングで差し替えた」という推察である。
‘I Want You (She's’So Heavy’の初期タイトルに"So Bad"が付いているだけでなく、1/22に発言していた"I HAD A DREAM"(キング牧師の有名な言葉の引用)が付いている。
作詞原稿の末尾に"A Quarrymen Original"の記載があるが、これはエンディング(Coda)のメロディーはクオリーメン時代のものという意味だろうか!?
‘I'll Follow The Sun’は‘Two Of Us’同様にベースレスだとポールが証言している!
1/27のテープボックスにはテイク番号が付いている(写真上側)。つまり、この時期にはリハーサル段階を終えて正式にレコーディングをしていたことを意味している。
それ以上に研究者にとって問題なのは書籍『レコーディング・セッション』(写真下側)での記載で、ルイソンさんはテイク番号を省略していたことが判明した点である。この時期を執筆する頃には出版を急いで手を抜いていた可能性がある。
70/1/4のメモが興味深い。所々ポールらしき落書き(挿絵)が入っているが、この馴染みのある筆跡はマーティンだろうか?

まずミドルのコードがAm - Em ~ となっている。ピアノはAm - Am7/G ~ と弾いているのだが(^^;

続いて"BRASS + EL. PiANO (PAUL)"がある。ブラスのオーバーダブの時にポールはエレピを演奏していたらしい。

そのブラスに関して"BRASS ADDITION WAS 2 TENORS(テナーサックス2本) 1 BARITONE(バリトンサックス1本) 2 TRPTS(トランペット2本)1 TROM(トロンボーン1本)"の補足がある。"WAS"となっているから実際に演奏した内容と思われるが、"2nd BRASS"の記載もあるので3人で分担して演奏したのだろう。ルイソンさんがレポートしていた編成とは異なっているので、テープボックスや支払い明細には別の記載があるのかも知れない。

そして6時20分に行われている3声コーラスのオーバーダブ。やはりこの演奏の弱点はコーラスだった。ジョンとジョージの2声で下降するように歌っていた時点で厚みに欠けていたが、最終コーラスに入るとジョージはリードギターを弾き始めるのでジョンだけになってしまうという致命的な欠点があった。
3声で厚みを出すとなるとマーティン先生の登場は必至。ただ、最高音がE音のペダルポイントとなると歌える人間は限られる。スタジオに居た唯一(?)の女性リンダに白羽の矢が当たったようだ。マーティン先生監修のもとでレコーディングをしている。
筆跡参考:マーティン(左)とポール(右)
特に"Routine"はほぼ同じ。


Get Back / Let It Be ポリシー

一般的には「悩むポールを諭すように導く母メアリーを歌った‘Let It Be’」と「プロジェクトのテーマ曲でもある原点回帰を歌った‘Get Back’」というイメージだろうか? 私は「‘Get Back’と‘Let It Be’の根底には共通するコンセプトがある」と考えている。

時は公民権運動(黒人の人権問題)を先導してきたキング牧師が亡くなって(68年4月)間もない頃(~69年1月)、その2曲が作られている。
ここで2人の指導者を理解しておく必要がある。一人はキング牧師(‘Let'Em In’では"Martin Luther"として登場)で、白人と黒人の共存を訴えてきた。ポールは‘Ebony And Ivory’でもこの考え方を支持している。
もう一人のマルコムX(‘Let It Be’では"Brother Malcom"として登場)は同じ黒人の人権を訴えているが考え方は対立軸にあり、それが平和な社会であるなら白人と黒人を隔離した方が良いという思想だった。

現代のアメリカでもBlack Lives Matterが問題になっているように、キング牧師の理想は実現が難しい。当時のポールもマルコムX寄りだったと考えられる。つまり、‘Let It Be’では「閉じた平和な社会にいるのならそのままそこに居なさい」と歌い、‘Get Back’では「閉じた平和な社会を抜け出して他所でトラブルを起こしている人に元居た場所に帰りなさい」と同じことを歌っていると解釈できる。

これはネット社会にもそのまま適用できる。ジョン派とポール派で対立するなら一緒にいる必要はない。「あなたの見識は間違っていて、本当はコレコレだ。」という正論も必要ない。
なので、どんなに口を出したくても、それが親切心から来るものだとしても、本作に関しては「楽しんでいる人の邪魔をするな」をポリシーとする。


フィル・スペクターと言えば...

「フィル・スペクターと言えばウォール・オブ・サウンド、なので ‘The Long And Winding Road’には《音の壁》のような派手なオーケストラが追加されて、ポールは不満が爆発して...」といった論調が飛び交っているであろう今日この頃、ステレオタイプな思考を捨てて原点にGet Backしてみよう。

そもそも「ウォール・オブ・サウンド」とはモノラル時代のフィル・スペクターがレッキング・クルーと呼ばれるロケストラ(こう表現した方がWings世代には伝わりやすいはず)を使って作り出していたサウンドを表現したものである。
それは「単に分厚いサウンド」というより「小さな部屋で多人数によるタイトで緻密な演奏が生む音圧を感じるサウンド」という方が近い。ブライアン・ウィルソンもそのファンで『ペット・サウンズ』はレッキング・クルーにバッキングを依頼している。

ここでピン!と来るのが、ポールが突然ピアノ・サウンドを重ねてベーシックトラックを作った‘Penny Lane’である。このサウンドの方が『LET IT BE』より「ウォール・オブ・サウンド」に近い。というよりも『LET IT BE』で「ウォール・オブ・サウンド」を語ることに違和感がある。