13. Girl の歌詞を仕上げる時にポールが引用した映画は?

曲作りはレノン/マッカートニーと呼ばれていたこともあって、作詞はジョン、作曲はポール、という作業分担だと語られていた時代がありました。

これは登録上の誤解で、ジョンの曲、ポールの曲、が正しいと論じられる時代が来ます。

その後、二人の発言が書籍化されて真相が明らかになります。実際には完成までに二人ともが関わっている曲が多くあります。各々が曲の原形を持ち寄って一緒に仕上げることが多かったようです。
これに関して、ポールはジョンとの関与度(パーセント)を語り、ジョンは「最初のアイデアは誰か」という視点で語っていたため、中には二人の認識が一致しないとして論争が巻き起こる曲も残っています。

それはさておき、証言を検証できる2曲をピックアップしてみます。いずれもWミーニングを使っているのはこの時期の彼らの特徴ですが、歌詞カードには一方の訳しか載らないのが惜しまれます。

ジョージの演奏するシタールで有名なNorwegian Wood (This Bird Has Flown)はジョンの曲と認識されています。
ジョンによると、65年2月にシンシアやマーティン夫妻とスイスにスキー旅行に行った際に書き始め、帰国後にポールと仕上げていた曲です。なお、タイトル自体が”knowing she would”とのWミーニングであるとも言われていますが真相は不明で、ジョンが作った時のタイトルはカッコ書き部分です。

この原形に対して、ポールは歌詞の完成を手伝い、ミドルエイト(サビ)を作曲しています。
当時(ちょうどインディカ・ギャラリーの時期)、ピーター・アッシャーをはじめ多くの人がノルウェー産の木材(Norwegian wood)で部屋に内装を施していたのをモチーフとして加えました。
注:この証言から大きく逸脱している日本語タイトル「ノルウェーの森」はタイトル史上最も有名な誤訳となってしまった。雰囲気のある良い邦題ですけどね。

さらにポールは自身が加筆した歌詞について、最後に火を灯けたのは暖まるためではなく、風呂で寝させられたことに対する仕返し(つまりWミーニングで、暖炉に火を灯したのではなく部屋に放火したという猟奇的な意味も含んでいる)と語っています。

両者の証言から、どちらの曲と限定するのが困難な曲であるのが分かります。

ポールが作詞を手伝う場合、最終ヴァースの追加作業となる事が多いです。その典型的な例がGirlです。

未だ見ぬ理想の女性について書いたもので、それがヨーコだったと晩年のジョンは語っています。
ただし、その歌詞で当時のジョンが主張したかったのは最終ヴァースにある“pain will lead to pleasure.”に対する捉え方、日本で言えば「苦あれば楽あり」あるいは「若い時の苦労は買ってでもしろ」に相当する箇所です。
ジョンはこのカソリックのキリスト教主義的な思想に異議を唱えていました。目標を達成した者が過去を振り返ってみて、たまたま経験した苦労について語れるのであり、逆は必ずしも真ならず、苦労を経験しなければ成功しないと思うのは間違いだという考え方です。“(Did she understand it) when they said”は「彼らがそれを言った時」と「彼らがいつ語ったのか」のWミーニングになっています。

ポールはこのジョンの主張(最終ヴァース前半)に合致する詞(後半部分)を加えて意味深い歌詞を完成させています。「苦労したまま亡くなる人もいる」というのは「成功したビートルズが語った時にピート・ベストやスチュアート・サトクリフはどう受け取るか?」と置き換えると分かりやすいと思います。

ポールの発言は時系列が合わない部分もありますのでギリシャに関する2つの出来事が混在して一つの記憶になっていると思われますが、ギリシャに実在した鉱山労働者ヨルゴス・ゾルバスをモデルとした映画『その男ゾルバ(“Zorba the Greek”)』をモチーフとして作詞したのは確かです。

ポールはギリシャのイメージをアレンジにも活しています。ギリシャ旅行で体験したと思われる「ブズーキ(スティール弦が複弦で3コースある弦楽器)」の代用としてアコースティック・ギターを使ったと語っています。つまり、アコースティック・ギターによるリードギターのアンサンブルはギリシャ音楽の影響であり、録音されたと伝えられているファズギターが使われていない理由もここにあります。