10. ちょっと不思議なドイツ語版、何て歌ってる?ついでにマック・ショー

邦題「抱きしめたい」に違和感を持っている人は多いと思います。ビートルズは「手を繋ぎたい」って歌っているだけなのに、しかもサビでは「触れたら幸せ」となっているので飛躍し過ぎじゃない?、と思うのが自然でしょう。

日本に限らず、英語圏以外の翻訳事情は面白いものがあります。
ドイツ語版もそのひとつ、いやSie Liebt DichKomm, Gib Mir Deine Handがあるので2つです。

その前にドイツ語に馴染みの無い人の方が多数と思いますので、先ずはひとネタ。

デビュー前にはドイツでのライブ経験もあるためビートルズには必須言語であり、彼らもある程度は精通しています。
有名なのが「マック・ショー」という観客の罵声(笑)です。英単語で置き換えると”Do show!”で、「とっとと演奏しろ!」と言われてたようです。

実はこれについても伝聞ならではの謎があります。
ドイツ語では”Mach Schau!”でありカタカナでは「マッハ・シャウ」の方が近いはずですが、英語圏の人は”ch”が”k”の発音になりがちなので「マック」で伝わったと思われます。もしかしたらドイツの地域によってもそのような発音になっていたのかも知れません。ビートルズ自身もdichを「ディッヒ」ではなく「ディック」と発音しているように聞こえます。

問題は発音ではなく、命令形です。
英語と違ってドイツ語は主語によって命令形が変化します。”Mach Schau!”だと単数のYou(つまりリードボーカル)に対して言っている事になります。
バンド全体に「お前ら、ちゃんと演奏しろ!」と言うなら”Macht Schau!”(マッハト・シャウ)と言っていたはずですが、真相はどうなのでしょう。

本題に戻ります。

西ドイツEMIのプロデューサであるOtto Demmlarの依頼によりCamillo Felgen(歌手、詩人、テレビタレント)が2曲のドイツ語訳を行っています。
 
先ずは前述のI Want To Hold Your HandはKomm, Gib Mir Deine Handと訳されました。英語に直訳すると”Come, give me your hand”となりますので、まずまず英語に似ていると言ったところでしょうか。
と思いきや、サビの訳詞で微妙な雰囲気になっています。
冒頭の
And when I touch you I feel happy inside
がドイツ語版では
In deinen Armen bin ich glücklich und froh
となっています。これを英訳すると
In your arms, I’m happy and glad.
「触る」のではなく「腕の中」なのです。
LGBT風でない限り主語(ビートルズ)は女性であるかのような表現となっています。
もはや日本語タイトル「抱きしめたい」以上の解釈で、「抱きしめられたい」というタイトルが相応しくなっています。

ちなみに、このボーカル追加は英語版の演奏を利用してジョンとポールが歌い、ジョージのリードギターとリンゴの手拍子も入れ直しています。

もうひとつのSie Liebt Dichのタイトルはそのまま”She Loves You”です。
しかし、ジャケット第1版ではタイトルが‘Sie Liebt Mich’(“She Loves Me”の意味)と誤表記されていたのが確認されており、既に怪しい雰囲気が漂っています。

歌詞は衝撃的な歌い出しです。
You think you’ve lost your love
「友達を気遣う私」のはずが
Du glaubst sie liebt nur much
これを英訳すると
You think she loves only me
「彼女は私だけを好き」と三角関係の間男が言い訳をしている様な構図になっています。ジャケット第1版のタイトル間違いは訳詞の通りであるのが分かります。

なお、こちらは演奏込みでの録音となっており、既に英語版のレコーディングテープが処分されていたのが分かります。