9. 映画「ヘルプ!」でマーティンが外されている理由は?

映画にはレコードとは違う制約がありました。その結果生まれたのがHelp!のモノ(オリジナル)ステレオの相違でした。違いは以下を聴けば容易に理解できます。

Help!のモノ(左)とステレオ(右)
注:同期再生にはiOSアプリFoomonと2009版『HELP! MONO』が必要です

以前は歌詞に登場する接続詞(andやbut)が違うと指摘されていましたが、本当のポイントはタンバリンの有無です。
当時はMusicians’ Union(英国音楽家組合)が演奏家の権利を守るためにマイム演奏にうるさく、映画の演奏シーンで使われてないタンバリンはサウンドトラックからも抜く必要があったのです。

少し脱線しますが、ビートルズが1963年にThank Your Lucky Stars (TVショー)に出演した時はギターをアンプに繋いで無かったり、ステージにマイクが無い状態でしたが、このような放送を Musicians’ Unionは1966年に禁止してしまいます。プロモーションのためにPVを作り始めたのはこのような事情もあったようです。

Help!ではこの対策のためにカラオケを作ってボーカルだけ歌い直しています。映画用の作業だったのでいつもと違うCTStudioで録音しましたが、このボーカルをわざわざシングルにも反映させました。結果、シングル(モノ)はタンバリン無し、アルバム(ステレオ)はタンバリン有りで全くのボーカル違い(イントロ9秒間だけ同じ)という違いが生じてしまいました。

この作業も含めてビートルズの演奏曲はプロデューサであるマーティンが関わっていますが、『HELP!』の映画音楽を担当したのはケン・ソーン・オーケストラでした。前作『A HARD DAY’S NIGHT』の時にリチャード・レスター監督と一悶着あったらしいのです。

ここから本題に向けて舵を切ります。

Help!の謎に関しては20年以上前に判明した話で全曲バイブルでも公表しましたので充分に浸透しているはずですが、『A HARD DAY’S NIGHT』の挿入歌についてはそれ以降に判明した内容ですのでLinerNotesユーザ限定公開となっており一般の認知度は低いと思われます。

ちなみに映画『A HARD DAY’S NIGHT』(オリジナルモノ音声)のオープニングでタイトル曲のエンディングがカットされる様は、今まで何を観て来たんだろうという気分にさせてくれます。

この映画にはユナイテッド・アーティスツがリリースしたUSバージョンが使われています。つまりUSバージョンとは映画バージョンであり、レコード(UKバージョン)とは違う監督の好みを反映したものになっています。

ようやく本題です。

レスター監督が欲しかったのは躍動感やライブ感で、マーティンは音楽として完成したものを提供したいというズレがあったようです。
これはボーカルに掛けられたエコーの深さに表れています。生に近い声を使いたいレスター監督と、モノラルには充分にエコーを掛けたいマーティンとで折り合いが付かず、2種類のモノバージョンを作らざるを得なかったのでしょう。
しかも、次回作『HELP!』の音楽監督からマーティンが外されたという事は余程の衝突だった様子が窺われます。

ちなみにHelp!からタンバリンを取り除かせたのはレスター監督の意地悪だったのかも、と邪推したりもします。
何しろタンバリンとドラムスを区別できるのはある程度音楽に精通した人くらいで、多くの人はタンバリンの有無すら気付いてないと思われます。マイム演奏と言っても、同映画の中のAnother Girlほどあからさまでもありませんし。かと思えばYou’ve Got to Hide Your Love Awayでは唐突にフルート奏者が出てきたり(ジョージの部屋に居た庭師、サイドボードの上のレイアウトが替わっているのでビートルズとは別収録か?)、Musicians’ Unionに振り回されているのか基準を探っているのか真相や如何に。