6. Can’t Buy Me Loveでハイハットを足したのは誰と誰?

今から20年以上前、インターネット上にnewsグループがあった頃、Can’t Buy Me Loveのモノバージョンにハイハットが足されている、と投稿したら失笑を買ってしまいました。
その後、故ジェフ・エメリック氏(以下、エメリックと記す)の回顧録によって「エンジニアだったノーマル・スミスによるハイハット追加」が公知の事実となり、その作業自体を疑う人はいなくなりました。

書籍『全曲バイブル』に提供した情報もこの時点(2009年当時)で判明していた詳細を補足したものです。したがって、ここまでが最新情報となっているマニアは多いと思います。
ところが近年、映画『A HARD DAY’S NIGHT』のブルーレイ版でオリジナル・モノラル音声を聴けるようになった事で状況が一変しました。

先ずはエメリックの証言から順を追って検証していきます。

エメリックは自伝の中でパリから持ち帰ったレコーディング・テープ(64年1月のパリ公演期間中に録音)の損傷について語っています。

テープの巻取りに問題があったらしく、片端がヨレて高音が出なくなっていました。それがトラック1側であったため、そこに録音されていたリズムセクション(とりわけリンゴが叩いたドラムスのハイハット)が影響を受けていました。この対策として、ミキシング時に当時のエンジニアであったノーマン・スミス自らが追加演奏したと語っています。
ノーマン・スミスはスタジオに下りて行って慣れた様子でハイハットをセッティングし、リンゴの代わりにドラマーとして叩き、エメリックが2トラックから2トラックへのコピーをしながらこの演奏を録音したという証言です。

なお、この時のエメリックはまだアシスタント(セカンド・エンジニア、テープ・オペレーター)の時代で、「初めてエンジニア席に座った時」と曖昧な状況説明になっています。

ここで問題となるのがBlu-Ray版『A HARD DAY’S NIGHT』です。オリジナルのモノラル音声が収録されているのですが、これにより映画用とレコード用の音を別々に作成している事が明らかになりました。
 
そしてCan’t Buy Me Love(に限らず全曲)はレコードとは別バージョンで、追加されたハイハットは全く異なる内容となっています。

追加された演奏内容は、レコードにはシャッフルのリズムのオープンハイハット、映画のサウンドトラックにはスネアも含む4ビートのハイハット、となっています。
つまり、エメリックが証言したノーマン・スミスによる演奏は映画用のモノ・ミキシング時のもので、レコード用はリンゴ自身が行っていた可能性が高いと言えます。

もう少し事実を検証してみます。

マーク・ルイソン氏が記した記録では、2/26にモノを作成し、3/10にはステレオを作成し、6/22には再びステレオ(区別する番号は無し)が作成されています。
ちなみに映画のサウンドトラック用モノを作成した記録はありませんが、3/10は映画撮影で不在のリンゴの代わって「この日はドラマー(詳細不明)が雇われた」と追述しています。

また、ルイソン氏は見過ごしていますが、3/10のステレオ・ミキシングの記録ではセカンド・エンジニアが「不明」と記されています。

これらの事実から、不自然なのは2回記録されているステレオ作成で、1回目(3/10)は映画用モノの作成だったと考えると全体の辻褄が合います。

つまり、
(1) 2/26はシングルレコード用モノの作成です。リンゴが居るので代役を立てる必要はありません。ベーシックトラックと同じシャッフルのハイハットだけを追加したと言うのも如何にもリンゴの演奏です。

(2) 3/10は映画用モノの作成です。リチャード・レスター監督が曲を気に入って映画でも使うと決めたため急遽の作業です。しかもリンゴは映画撮影で不在だったので代役が必要でした。セカンド・エンジニアはジェフ・エメリックでしたが、トコロテン式に役割が移動します。エンジニアであるノーマン・スミスが「謎の代役ドラマー」となったため「初めてエンジニア席」にはエメリックが座り、空いたセカンド・エンジニアは「不明」となってしまいます。
ドラムスの追加録音は2/26に続いて2度目なのでセッティングはテキパキと行いますが、演奏はオリジナルとなってしまいます。

(3) 6/22はステレオの作成ですが、モノと違って重視していないのでハイハットの追加は行いません。

ということでハイハットを追加したのはリンゴ(レコード)とノーマン・スミス(映画)で、エメリックが著書に記していたノーマン・スミスの演奏を聴いた事がある人は極少数の映画マニアでしょう。