4. Till There Was YouのDNAはどこまで伝播した?

Till There Was Youはジョンとポールがジョージの曲を作る時に利用した曲ですが、その裾野がとんでもない事になっています。

彼らは音源理論を身につけてデビューした訳ではなく、数年の成長期間を経て過渡期のままデビューした「成長し続けたバンド」でした。

皆がこの点は把握しているにも関わらず、いざビートルズの曲を解説するとなると難解な音楽理論を展開してしまう本が数多くあります。
その最たる例が当時の『ロンドン・タイムズ』紙で、Not A Second Timeについて「エンディングでの”the Aeolian cadence”はとても自然で、マーラーが『Song of the Earth』で使ったコード進行が使われている。」と評していました。作曲した当のジョンは最期までこの内容を理解できませんでした。

先ずは、特に初期の曲について、注意すべきポイントをあげてみます。

ひとつはコードをローマ数字による表記で説明してはいけないという点です。かつて分かりやすいと思って使ったことがあるのですが、かえって本質を見失ってしまいました。
恐らく彼らのキーの概念は中途半端で、Key CにおけるCコードとKey EにおけるEコード(どちらもローマ数字では「I」になります)は彼らの感覚では全く別のものです。
あくまでも各コードをギターで押さえた時の高音弦(1〜2弦)の響きがポイントになっています。

従ってローマ数字に置き換えてコード理論を当てはめるのは、彼らが実践した方法ではなく後付け解釈となります。つまり、「彼らは音楽理論に適う感性を身に付けていた」という論調となるはずです。

もう一つは、コード進行や特殊なコードには元ネタがあるという点です。
彼らが最も好んだR&Bは3コードとほぼ規則的な12小節に形式化されているので、極少数のコードを知っているだけで多くの曲をカバーすることができました。
しかし、時として音楽的成長を促す曲が登場します。その最たる例が本テーマとなります。

ここからが本題です。

最も多く枝分かれしたと思われるのがTill There Was Youです。1957年のブロードウェイ・ミュージカル『The Music Man』に使われた曲で、メジャーコード3個で演奏できるR&Bとは対極にある曲です。

持ち歌としていたポールが「Peggy Leeが1961年3月に出したバージョンを従姉妹のBett Robbinsに教えてもらった。」と語っていることもあってポールのイメージが強いですが、恐らくこの曲はジョージ経由と思われます。

ジョージが敬愛するギタリスト、チェット・アトキンスは1960年1月リリースのアルバム『Teensville』に収録しています。ジョージが得意としたギター奏法(オクターブ奏法)が使われている他、エンディングがIt Won’t Be Longに流用されているのは一聴して分かります。

もちろん当時のビートルズが独力でコピーする事はできず、楽器店の店員として働いていたジャズ・ギタリストJim Grettyの登場となります。指導を仰いだのはジョージとポールで、この時に教わったジャズっぽいコード(下図、Gb7#9かも)は後のMichelle(Aメロの2小節目で使用)に繋がります。

このコードは間奏の最後だけで使われていますが、チェット・アトキンスのカバー・バージョンには登場しません。間奏はジョージのオリジナルと言えますが、そのあとに使っているディミニッシュ・スケールなども含めて全体のアイデアを教わったとみる方が自然です。

ようやく本題の本題です。

間奏では以下のコード進行になっています。
F – Am – Abm – Gm – F#7#9 – F
ベース音がA音から半音ずつ下がってF音に落ち着くという流れは印象的です。彼らにとっても斬新だったと思われますが、本来のF – Am – Abm – Gm – C7 – Fでも充分にインパクトがあります。

このコード進行はジョンとポールにとってジョージのイメージではないかと思われるくらいジョージ用に使っています。2人はフラット系のKey Fではなく半音下げたKey E(E – Abm – Gm – F#m – B7 – E)としてDo You Want To Know A Secretを、少し変えてIf I FellI’m Happy Just To Dance With Youを作っていますが、ジョージ用は掛け合いコーラスにしているのが特徴的です。ちなみにIf I FellはKey Dの曲ですが、Key Eで歌っているジョンのオリジナルデモが残されています。

なお、ここに登場するAbmは音楽的にはG#mですが、ポールがAbmと呼ぶ習慣は最初に覚えたのがKey Fだったことを意味するのでしょう。「Ⅲm」で説明してしまうとポールの特徴を見落としてしまいます。

参考までに、この流れで怪しいのがYou’re Going To Lose That Girlで、コーラスのスタイルは正にジョージ用になっています。

そして最後にもう1曲、Till There Was Youのエンディングで一瞬だけ雰囲気の変わる展開(コードの使い方)は、I Willのエンディングで使われています。これは意識して借用したというよりも、自分の中に残っていた感覚的な記憶と思われます。

ちなみにポールの未発表曲SuicideやWings時代のBaby’s Request(『BACK TO THE EGG』)にも痕跡が確認できます。