3. ファースト・アルバムPLEASE PLEASE ME の制作が計画されたのはどのタイミング?

当たり前ですが60年前と現在では様々なことに雲泥の差があり、想像し難い常識がありました。

シングル盤はモノラル・レコードとして発売されるので、録音作業もライブ演奏をモノラル録音するのが最も効率的でした。
一方、アルバムはモノラルとステレオの2種類の形式でリリースします。従って、アルバム制作の検討会議などの資料のみならず、ステレオ録音をするという事自体がアルバム制作を念頭においた時と判断する指標にできます。

ちなみにステレオ装置は富裕層の所有物であって、ラジオ放送もモノラルの時代でしたのでステレオは軽視されていました。
ところが70年代にはステレオ装置が主流となった事で、ビートルズが活動期間の大半で重視していたモノラルが流通から姿を消すという皮肉な逆転現象が起こり、現在まで続いています。

閑話休題(話を戻します)

モノラルしか無いデビューシングルから一転、セカンド・シングルの2曲にはステレオが存在しています。ということで、この録音過程でアルバム制作がスタートしているのは明らかです。

ここで、それを更に詳細化できる情報を見つけました。

モノ・バージョンとステレオ・バージョンには「ハーモニカが同じなのに演奏が違う」というとんでもない謎が含まれているのを確認できます。

オフィシャルには知られていませんが記録よりも明らかな事実であり、これを基に以下の状況を知る事ができます。


長い前置きでしたが、ようやく本題です。

デビュー曲のレコーディングは当然モノラル録音でした。リリースしてみたもののビートルズは未だ海の物とも山の物とも言えない状態で、レコード会社としてはお金を注ぎ込めるバンドではありませんでした。

9月上旬にはロイ・オービソン風スローテンポ・バージョンであったPlease Please Meは、マーティンのアドバイスによって11/26までにはアップテンポにリメイクされました。

晴れて第2弾シングルに選ばれますが、この録音もモノラル録音が行われます。
その一つが『アンソロジー』で公開されており、当初はハーモニカを含んでいないのを確認できます。

ハーモニカの追加もマーティンのアドバイスですが(Love Me Doのハーモニカを気に入っていた)、今回はレコーディング中に提案しているのが特筆に値します。

音質は劣化してしまいますが、作業の効率上、完成した演奏に追加で重ねる方法を採用しています。当然ながらライブ演奏できないアレンジとなってしまいますが、マーティンはライブ演奏の可否よりも売れる事を優先したのが分かります。

本来なら次はB面曲の録音という流れになるのですが、マーティンはハーモニカが加わったPlease Please Meでナンバー1・ヒットを確信し、アルバム制作(即ち、ステレオ・バージョン制作)も必要と判断しています。

マーティンはセカンド・シングル用のミキシング作業を11/30(この日のビートルズはリバプールで昼夜ともライブ予定があって参加できない)に回して、ステレオ録音を続けています。

ただしライブ演奏できないアレンジとなってしまったため、手っ取り早く、モノラル・バージョンをモニターしながら(ハーモニカは流用)、新たな演奏をステレオ録音したと思われます。
こうしてハーモニカだけが共通する奇妙な別バージョンができてしまいました。

ここからはアルバム制作を念頭に置いたレコーディングとなります。

続くAsk Me WhyはB面曲でありながら最初からステレオ録音が行われますが、この録音からは当時の面白い事実を知る事ができます。

ボーカルに掛かっているエコー(現代ではリバーブと呼ぶ)がモノ・バージョンとステレオ・バージョンで同じなのです。この事は録音する段階でエコーの量を決めていた事を示しています。
しかもエコーはボーカル側ではなく演奏側(ステレオの左側)に録音していた事も確認できます。

レコーディング作業からミキシング作業が分離されるのはかなり先の話で、レコードに記録されるイメージのままエコーはレコーディング時に決定していたのが分かります。