2. Love Me Doのアンディ・ホワイト版とリンゴ版、最初に録音したのはどっち?

デビュー曲の録音という最も重要な史実を語る上で無視されている事実がいくつかあります。
この問題を複雑化させたのが3人のドラマー、ということで先ずはデビュー曲をリリースするまでの基本的な流れを押さえてみます。

1.62/6/6、初代ドラマーだったピート・ベストと共に初めてのレコーディングが行われています。
2.同年の9/4、2代目ドラマーにリンゴ・スターを迎えて再レコーディングが行われました。
3.1週間後の9/11、セッション・ドラマーのアンディ・ホワイトも加わった5人体制で3度目のレコーディングが行われ、ようやくデビューの運びとなります。
4.10/5、デビュー曲としてリリースされたのはリンゴがドラムスを叩いたバージョンでした。
5.その1週間後にはアンディ・ホワイトが叩いたバージョンに差し替えられて、以降はこれが正式バージョンとして扱われています。

レコーディングセッションに基づくビートルズ研究の草分けであるマーク・ルイソン氏は上記の経緯からリンゴ版の演奏は9/4、アンディ・ホワイト版は9/11と結論付けています。

ここまでが一般的な認識ですが、この説は幾つかの矛盾点を含んだままとなっています。

(その1)
6/6のレコーディング時、ハーモニカのパートを増やすためにジョンのボーカル・パートの一部をポールが交代して歌うことになりました。
この事はライブ演奏での一発録りができる構成を前提としていた事を意味しています。
ところがリンゴ版の間奏には手拍子が入っているため5人目の演奏者が必要となるのですが、マーク・ルイソン氏は一発録りではなく後でボーカルを追加したと結論付けました。
(その2)
9/4に撮影されたスタジオ風景では(ジョージが左目にアザを作っている写真)、リンゴがフロアタムの上にマラカスとタンバリンを置いているのを確認できます。
この日はリンゴが全てを担当しようとしてマラカスでハイハットを刻む方法も試したとルイソン氏自身が記してます。にも関わらずリンゴ版は普通にドラムスを叩いているだけでマラカスもタンバリンも入っていません。
(その3)
ジョンのハーモニカ演奏と二人のボーカルは、一週間の隔たりがあるとは考え難いほどリンゴ版とアンディ・ホワイト版に類似性があります。
(その4)
トレードマークとなるアコースティックギター・ギブソンJ-160E(通称ジャンボ)は9/5〜10の期間に入手しています。ギターの音色を判別できる人ならリンゴ版のギター音も判断材料となるでしょう。
(その5)
ジョージ・マーティン(以降マーティンと記す)は可哀想になって最後にリンゴに叩かせたと証言しています。そして、この日の最後の演奏(第18テイク)はリリース用のミキシングに使われています。

これらを考察する必要に加えて、別角度の事実も考慮しておく必要があります。
マーティンはビートルズのプロデューサとして有名ですが、デビュー曲にはもう一人のプロデューサとしてロン・リチャーズも関わっています。

6/6は2人の共同プロデュースですが、9/4は午後のリハーサルをロン・リチャーズ、夜の録音をマーティンがプロデュースしています。
そして9/11はロン・リチャーズがプロデュースしていましたが、終わり間際にマーティンも参加するという経緯になっています。

ここまででポイントとなりそうなのがマーティンの証言で、ミキシングに使った9/11の第18テイクは「リンゴに叩かせたラストの演奏」であり「最初にリリースされたのはリンゴ版」という点と合致します。

つまり9/4のレコーディングでリズムセクションを補強したいと考えたロン・リチャーズがサポート・メンバーとしてアンディ・ホワイトを雇った(要は人手不足で呼ばれた)と考えるのが一番自然です。
ただし、ロン・リチャーズは9/11にリンゴをドラムスではなくパーカッション担当としていたので(力量が分かっている実績のあるドラマーを優先するのはプロデューサとして当然の判断でしょう)、遅れて参加したマーティンが不憫に思ってリンゴにドラムスを叩かせてセッション・ドラマーであるアンディ・ホワイトは手拍子だけとしたのでしょう(あるいはマーティンはパーカッションを重視していなかった)。

以上から、アンディ・ホワイト版とリンゴ版はいずれも9/11の演奏で、ロン・リチャーズがプロデュースしたのがアンディ・ホワイト版、その後にマーティンがプロデュースしたのがリンゴ版と考えれば無理なく事実に合致します。