1. Kansas City と Hey-Hey-Hey-Hey! をメドレーにしたのは誰?

アルバム [BEATLES FOR SALE]に収録されている Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey! はレコードリリースされた当時(少なくとも型番AP-8442時点までは)、Kansas Cityとだけクレジットされていました。とは言え、 Hey-Hey-Hey-Hey! 部分が無い訳ではなく同じ内容でした。

タイトルがメドレー扱いとなっているのは原曲の複雑な経緯に依るものですので、先ずは少し脱線します。

オリジナルの演奏者であるリトル・リチャードは1959年4月にKansas Cityをリリースしていますが、Hey-Hey-Hey-Hey!はその前年(1958年)のリリースとなっています。

ここからがややこしくなります。
Kansas Cityはリトル・リチャードの完全なオリジナルではなく、更なる原曲はリトル・ウィリー・リトルフィールドが1952年にリリースした‘K. C. Lovin’’です。同年にはウィルバート・ハリスンもリトル・ウィリー・リトルフィールドのバージョンに準じた‘Kansas City’をリリースしていますが、それとは直接の関係はありません(タイトルが混同した可能性はあります)。

リトル・リチャードは1955年に2種類のKansas Cityをレコーディングしています。9月には原曲に近いバージョン、11月にはビートルズがカバーする事になるバージョンがレコーディングされましたが、いずれも直ぐにはリリースされませんでした。
つまり、後者のバージョンには原曲に無かった Hey-Hey-Hey-Hey! 部分がリトル・リチャード(ペンネームはペニマン)自身によって付け加えられました。

更にややこしく展開します。

そのレコーディングから半年後、リトル・リチャードは後半部分にそっくりなメロディ(つまり Hey-Hey-Hey-Hey! 部分)と別のAメロを使ってHey-Hey-Hey-Hey!として先に(1958年)リリースしました。

このような経緯があったため、1959年にリリースしたKansas Cityは、最初に録音していたにも関わらず後半部分が既リリースのHey-Hey-Hey-Hey!の一部であるかのようになってしまいました。

閑話休題(本題に戻ります)

ビートルズはデビュー直後(62年暮れ)のスター・クラブでのライブ(“Star-Club in Hamburg, Germany”)で演奏しており、ポールが”Kansas City”と曲紹介しているのを確認できます。ビートルズはリトル・リチャードのKansas Cityを完コピしています。

しかし前述の理由で著作権上のトラブルを回避するため、ビートルズがリリースした後で‘Kansas City / Hey-Hey-Hey-Hey!’というメドレー扱いでの表記に変更されました。

ここからがウンチクの本題です。

レコーディング当初はピアノを入れるつもりはありませんでした。もしかしたらレコードリリースされるまでビートルズのメンバーはピアノが入っている事を知らなかった可能性もあります。
プロデューサであるジョージ・マーティンはビートルズの担当する録音が完了した後に、自らがピアノを追加しています。といっても追加できる空きスペースは前半50秒(Kansas City部分)しかありませんでした。

仕方がないので間奏以降(0分50秒以降)はミキシングをする時に同時に演奏するという今では考えられない方法を採っています。ミキシング作業はモノ(アルバム名にMONOの記述も必要)ステレオ(アルバム名にSTEREOの記述も必要)の2回行われており、間奏以降のピアノ演奏が違っているのを確認できます。

この事は又、レコーディングテープにピアノ演奏が残されて無い事を意味しており、リミックスが不可能な曲である事も意味しています。